大判例

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東京高等裁判所 平成2年(ネ)27号 判決 1991年1月28日

控訴人(附帯被控訴人)

杉山是知(以下「控訴人杉山」という。)

他一名

右両名訴訟代理人弁護士

荒竹純一

控訴人(附帯被控訴人)

渡辺富美江(以下「控訴人渡辺」という。)

右訴訟代理人弁護士

松澤與市

被控訴人(附帯控訴人)

株式会社三正(以下「被控訴人」という。)

右代表者代表取締役

満井忠男

右訴訟代理人弁護士

海谷利宏

木島昇一郎

主文

一1  原判決主文第一、二、四、五項を取り消す。

2  被控訴人の控訴人杉山に対する原判決主文第一、二項、控訴会社に対する右第四項及び控訴人渡辺に対する右第五項の各請求を棄却する。

二  被控訴人の各附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

主文各項同旨(請求の減縮に同意した。)。

二  被控訴人

1  控訴棄却(当審において、原判決主文第一、四、五項記載の「第三物件目録」を「第一物件目録」に請求を減縮した。)

2  附帯控訴(控訴人杉山に対する建物収去土地明渡請求について。)。

(主位的)

控訴人杉山は、被控訴人に対し、被控訴人が同控訴人に五〇〇〇万円を支払うのと引換えに、原判決添付第二物件目録記載の建物を収去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

(予備的)

控訴人杉山は、被控訴人に対し、被控訴人が同控訴人に四億円を支払うのと引換えに、原判決添付第二物件目録記載の建物を収去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

第二  当事者の主張

原判決事実第二のとおりである。ただし、次のとおり訂正する。

1  原判決二枚目裏一四行目を削除する。

2  同三枚目裏五行目の「に先立ち」から八行目の「四日」までを、「後である昭和五一年一〇月二日ころ、控訴人杉山に対し、本件土地について」に改める。

3  同三枚目裏九行目の「述べた」の次に、「(以下「本件異議」という。)」を加える。

4  同四枚目裏一五行目の「補償金」から同五枚目表六行目の「ある」までを、「正当事由の補完事由(立退料)として、本件異議を述べたころ五〇〇〇万円を、また、平成元年七月二六日の原審第二九回口頭弁論期日に四億円又は裁判所が相当と認める右金額を超える額を支払う旨申し出た」に改める。

5  同五枚目表一二行目の「原告から」の次に、「主位的に、五〇〇〇万円、予備的に、四億円又は裁判所が相当と認める右金額を超える額」を加える。

6  同六枚目表七行目の次に、次を加える。

「同7(二)の前段は否認する。」

7  同六枚目裏九行目の末尾に「の」を加える。

8  同八枚目裏一三行目から同九行目表五行目までを削除する。

第三  証拠<省略>

理由

第一主位的請求について。

一請求原因1ないし6について。

原判決九枚目表一一行目の「請求原因」から一四行目までを引用する。

二同7(一)及び控訴人杉山の主張について。

<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原判決九枚目表末行目から同一四枚目裏一二行目までの事実を認めることができる。ただし、次のとおり訂正する。

1  原判決九枚目裏一行目から五行目までを削除する。

2  同一〇枚目裏二行目の「ビル」の次に、「又はそれを含む高層ビル」を加える。

3  同一一枚目裏二行目から同一二枚目表末行目までを削除する。

4  同一二枚目裏二行目から六行目までを削除する。

三同7(二)前段について。

被控訴人代表者本人満井忠男は、被控訴人が控訴人杉山に対して本件土地明渡しを求める正当事由の補完事由(立退料)として、本件異議を述べたころ五〇〇〇万円を支払う旨申し出た旨当審において供述する。そして、<証拠>によれば、本件契約期間満了前の昭和五一年九月一四日ころ、被控訴人代表者満井忠男らは、当時の被控訴人代理人弁護士浜田正夫に対し、被控訴人が控訴人杉山に本件建物の買取価格の名目で五〇〇〇万円を支払う旨申し入れたことを報告していたことが認められる。また、<証拠>によれば、被控訴人と、控訴人杉山を含む本件土地及びその周辺の住民らとの間で、被控訴人が買収した本件土地及びその付近の土地をめぐる立ち退きの交渉が行われ、その過程で、いわゆる立退料の支払等が折衝の要素となり、控訴人杉山を除く右居住者等が被控訴人から代替物件の供与等を受けて右土地から撤去したことが認められる。

しかし、浜田証人が控訴人杉山あてに、昭和五一年九月二四日郵便局に差し出して発信した内容証明郵便(<証拠>)には、それが本件土地の立ち退きの問題についての被控訴人側の方針を控訴人杉山に説明したものであるにもかかわらず、地代及び更新料には言及しているが、立退料についてはふれていない。そして、控訴人杉山に対する同年一〇月二日の異議が述べられている内容証明郵便(<証拠>)には、本件契約の更新について異議を述べる旨の記載があるのに、五〇〇〇万円の立退料の件については全く触れられていない。また、右郵便は、控訴人杉山のみならず他の三名の借地人に対しても異議を述べたものであるが、同様に、立退料の件については触れられていない。また、証人杉山和子は、五〇〇〇万円の立退料の申出の事実を否定する供述をしている。これらを照らすと、前記の証拠をもってしては、立退料の申出の事実を認めることはできないというべきである。そして、その他、本件異議のころ、被控訴人が控訴人杉山に対し、立退料として五〇〇〇万円を支払う確定した意思を有し、その趣旨で右金額の支払を申し出た事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件異議時において、被控訴人が、補完的事由としての立退料の支払の申出をしたとは認められず、右異議時における正当事由の存在を認めることはできないから、主位的請求を棄却するべきである。

第二予備的請求について。

一被控訴人が、控訴人杉山に対し、正当事由の補完事由として、平成元年七月二六日の原審第二九回口頭弁論期日に四億円又は裁判所が相当と認める右金額を超える額の立退料を支払う旨申し出たことは本件記録上明らかである。

そこで、このように、異議時より相当期間(本件では約一二年一〇か月)経過後に立退料の支払の申出がなされた場合の効果について検討する。

二1  土地所有者が借地権者に対して異議を述べるべき時期は、借地法四条及び六条によれば、借地期間満了後遅滞のない時点まで(以下これを「異議申立期間」と呼ぶ。)である。異議申立期間は法文上一定なものとして定められていないので、事案によって異なりうるものであり、事案毎に諸々の事情を考慮して定められるべきであるが、「遅滞なく」という法文の文言に照らすと、合理的限界があることは明らかである。

2 そして、正当事由の存否は、土地所有者が異議を述べた時を基準として、その時点において存在した事情について検討するべきである。なんとなれば、借地法によれば、借地関係の場合は、借家関係の場合と異なり、賃貸人の更新拒絶の意思である異議は、期間満了時の後になされることになっているのであり、異議がなされた時にはじめて賃貸借を更新するべきかどうかの問題が生ずることになるのであるから、正当事由の存在が要件となるのは、期間満了時ではなく、それ以後の異議時であると解すべきであるからである。また、右の理由から、異議時より後に生じた理由は正当事由の存否の判断に当たって考慮するべきでないことは当然である。

3  まず、立退料の申出を伴わない異議が、異議申立期間内に適法になされ、その後、右期間内に立退料の申出がなされた場合について検討する。この場合は、当初の異議の時点では、正当事由の補完事由である立退料の申出がなされていないのであるから、この異議のみを主張するならば、前述のように正当事由は異議時に存在するべきであると解する以上、正当事由の存否の判断に当たって、右の補完事由を考慮することはできない訳であり、したがって、正当事由の存在を認めることはできないことになる。しかし、立退料の申出が期間内になされているのにこれを考慮しないのは、いかにも不都合といわなければならない。そこで、このような場合は、申出時に、当初の異議とは別個の、立退料の申出を伴う新たな異議がなされたものと認めることが当事者の意思に合致するものといえよう。

4  次に、立退料の申出を伴わない異議が、異議申立期間内になされたが、右期間内に立退料の申出はなされることなく、その後、右期間経過後のある時点に至って始めて立退料の申出がなされた場合について検討する。この場合には、右3の例のように、立退料申出時に新たな異議がなされたものと解すると、異議自体が異議申立期間経過後になされたことになり、その点で異議申立の効果を認めることができないことになる。そこで、異議はあくまでも期間内に適法になされたことを前提として、立退料の申出だけが期間後になされたものと解する外はない。しかし、そうすると、この補完事由は、申出時に始めて発生し存在するに至ったのであって、異議時には存在していなかったのであるから、正当事由の存否の判断に当たって、右事由を考慮することができない点は右3の例の場合と同様である。そして、この場合は、立退料の申出が異議申立期間内になされなかったのであるから、やむを得ないという外はない(たとえ、異議時に立退料支払の意思を有していたとしても、申出によってその意思の表明がなされない以上、これを正当事由として考慮することはできない。)。

また、もし期間後の立退料の申出を正当事由として考慮することにすると、次のような実際問題上の難点がある。立退料の金額の算定の中心的要素は借地権価格であるが、その基準となる土地の価格は、時の経過によって相当程度上昇することが経験則上容易にうかがわれるところ、異議を述べてから相当期間経過後に立退料の支払の申出がなされた場合であっても、正当事由は異議時に存在するべきであると解する以上、立退料の算定要素の土地価格の基準時は異議時とする外はない。そうすると、一方において、賃借人としては、異議時に立退料が支払われていれば可能であった他の土地への移転が、期間経過後の申出時に立退料が支払われたのでは、その間の土地価格の上昇のため、異議時と同一の条件では困難になることが十分に推認し得るところであり、他方において、賃貸人としては、異議時における低額の土地価格を基準とする金額によって、申出時における高額の土地を入手できることになり、このような形で賃借人に不利益が生じる反面、賃貸人に利益が生じることは、公平でないというべきである。したがって、右の理由から考えてみても、異議申立期間経過後になされた立退料の申出をもって、異議時になされた申出と同様の効果を生ずるものとすることはできない。

そこで、異議申立期間経過後に立退料の申出がなされた場合であっても、立退料の算定に当たっては申出時における土地価格を基準とすることを前提として、右申出を正当事由の補完事由として考慮してよいのではないかという考えがありうるであろう。しかし、この考えによると、結局、正当事由の存否の時期が、異議時と申出時に分かれることになるわけであるが、そうすると、異議時から申出時までに発生した立退料以外の正当事由も考慮すべきではないかという問題や、異議時には存在したが申出時には消滅した正当事由は考慮してはならないのではないかという問題を生ずることになるから、この考えは適当ではないというべきである。

三本件においては、前示のとおり、立退料の申出は、異議時より約一二年一〇か月後になされたのであり、前示認定の本件における事実関係の下では、右申出は、異議申出期間を経過してから遙か後になされたことは明らかである。したがって、本件の正当事由の存否の判断に当たって右事実を考慮することはできず、結局正当事由の存在を認めるに足りないから、予備的請求を棄却するべきである(なお、被控訴人は控訴人杉山に対し、昭和五八年一二月に東京簡易裁判所に調停申立てをした際、立退料として五〇〇〇万円の支払の申出をしたことを、<証拠>によって認めることができるが、右申出も、既に異議申立期間経過後のものであるというべきである。)。

第三抗弁について。

一抗弁1は、当事者間に争いがない。

二抗弁2は、弁論の全趣旨によって認めることができる。

三抗弁3は、当事者間に争いがない。

第四結論

以上の次第で、被控訴人の控訴人らに対する各請求及び附帯控訴は、被控訴人と控訴人杉山との間の本件土地賃貸借契約が終了したとは認められず、控訴会社及び控訴人渡辺は、権限に基づいて本件土地を占有していることが認められるので、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却するべきである。

よって、民訴法三八六条を適用して主文第一項のとおり原判決主文第一、二、四、五項を取り消し、被控訴人の控訴人杉山に対する右第一、二、控訴会社に対する右第四及び控訴人渡辺に対する右第五の各請求を棄却し、主文第二項のとおり附帯控訴を棄却する。控訴費用の負担について同法九六条、八九条を適用して主文第三項のとおり判決する。

(裁判長裁判官武藤春光 裁判官吉原耕平 裁判官池田亮一)

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